醜い母親


「楽は苦の種、苦は楽の種」か

醜い母親

 私は、幸せになりたくて結婚しました。子供を産むんだったら女の子がいいなあ、洋服いっぱい作ってあげて、その子に着せてあげよう。そんな願いで結婚生活を始めたん

です。幸い2人の娘に恵まれました。
 でも私は、夫と、のいざこざからその腹立ちでお酒を飲むようになってしまいました。私は毎日、毎日お酒を飲むようになり、帰ってきた夫と毎晩のように喧嘩です。電話の

線はひきちぎられ、おわんやお皿が飛びかうすさまじい喧嘩でした。夜中目を覚ました娘達が、「やめてよー」って泣き叫んでいます。でもその喧嘩は毎日絶えることかあり

ません。願っていた生活は跡形もなく消えていきます。お酒を飲んでいないと何もする気がしない、何も出来ない、そんな私になっていきました。醜い母親、鬼と呼ばれるよ

うになっていきました。
 家の中では、ウォークマンをエプロンに入れて、家事をしていました。子供が小さいからわからへんやろうと思って、ウイスキーをラッパ飲みしたり、コップにガバガバっ

と入れて、一気飲みをします。2人の娘を放ったらかして、ただひたすら酒を飲んでいました。ポンポンと私をたたく娘の手で気がつくありさまです。返事するのも邪魔くさ

くて。娘の話を聞いてやる事はありません。家の掃除もしません。台所もごみの山、コンロの横でゴキブリが死んでいました。
「晩ご飯、あんたら勝手に食べとき」と言って、私は外を飲み歩く様になっていきました。「お母さん」って呼ぶ娘の声も、聞こえぬふりで「飲みに行くんや」って出て行き

ます。帰ってみると、テーブルの上に、おちゃわんとかつおぶしがこびりついた小皿がありました。幼い娘達の晩ご飯のあとでした。食事の世話すら私はしません。何もかも

、嫌になって、1人家を飛び出しアパートを借りたんです。家賃と酒代を稼ぐために酒を飲みながら仕事をしました。
 飲むことがすべてです。そんなアパートのもとに娘が訪ねてきました。今日は日曜日やから私がいるだろうと思って来たんだと思います。ドアをドンドンたたいて娘が、「

お母さん、お母さん」って、呼んでいます。私は部屋の中でじっと息を殺して居留守を決め込んでいました。「今日は今から飲みにいくんや」私は耳をふさいでただ、じっと

娘が帰るのを待ちました。何度も何度も娘の声がします。
 仕事場にも来ました。交差点を、いくつも、いくつも渡ってたずねて来ました。突然来た娘に私は、ただ冷たく「何しに来たんや、お母さんは、仕事しとんや早よ帰り」娘

達は、帰りません、「早よ帰りって言うてるやろ」私は娘を外に連れ出して、シャッターを閉めました。娘はどんな思いで帰ったのか、今思うと涙がにじみます。

 そんな生活の中で、いつのまにか私は、離婚になり、娘達をおいて今の主人と暮らすようになっていました。でも、子供の事を忘れるなんて出来るわけがありません。町を

歩いていると、同じような年頃の子供の姿が目に入ってきます。声が聞こえてきます。その度に娘の姿が浮かんできてもう後戻りが出来ない今を感じて、酒を飲んで酔うこと

で自分を眠らせて、何とか忘れようとしていました。目が覚めるのがいやで、現実を見るのがいやで、酒を飲んでごまかしていました。ただ、自分をごまかすのに、必死でし

た。今になって思います。娘達は母親がいなくてどうして生きてきたんやろう、おべんとうはどうしたんやろう、お金、おこづかいはどうしてたんやろう、充分にもらえとっ

たんかなあ、お金が必要になった時、父親にどんな言葉で言ってたんやろう。前の夫はすぐに怒る人でしたから、言いにくかったやろな。母親に相談したい事もいっぱいあっ

たやろに……。
 自分自身にも母親にしか相談出来なかった事があったから、それをど
・・・